私はNYで翻訳会社を経営している者です。おそらくFor Japanの中で唯一の社会人の代表かもしれません。
そして、このNY/NJ For Japanの90名のメンバーも、85%以上が社会人です。みんなフルタイムの仕事を終えてから夜遅くまでボランティアをしてくれています。
3・11…この大地震と津波のニュースは、私にとって9・11と同等かそれ以上にショックでした。
はっきり言ってこの惨事は私の人生の方向を変えつつあるとすら思います。3・11、日本の家族親戚に連絡がつかない日が続き、3日ほど仕事も手につかないほどニュースに釘付け、夜も眠れませんでした。そんな中、思ったこと。
ここで動かないと、何のために私のビジネススキルがあるのだろう?
ここで動かないと、何のために、今まで一生懸命働いて、生きてきたのだろう?
ここで動かないと、何のために、今のタイミングで日本人の私がNYという安全な土地にいるのだろう?
とにかく何か今、ここで、自分のできることをしなければ、という一心でFor Japanと連絡を取り、NY/NJブランチを立ち上げました。
まず最初は自分のFACEBOOKフレンドにメールを送っただけだったのですが、びっくりしたのは立ち上げた24後以内にすでに50人以上もの方が参加してくれたこと、そして日本人よりアメリカ人や他の国籍の方が多く参加してくれていることです。
そして世界中から人々が集まっているNY/NJでは、今の日本の窮状を我がことのように受けとめ、支援したいという人たちが多くいます。私のグループにはチェルノブイリ(現ウクライナ)のとき子供だったウクライナ人やエジプトに住むエジプト人などもいます。
NY/NJ For Japanは、基本的にコミュニケーションは日本人メンバー同士でも英語または日英バイリンガルで行います。売りはNY/NJならではの国際性とさまざまな職業、業界の人々がメンバーであること(IT、美容、メディア、運転手、金融、政府関係、女優、DJ、医師、広告、ファッション、建築等)かな。
そしてそんな中で、ついに3月後半の日曜日夜、初のチャリティーコンサートを行うことができました。メンバーの中で真っ先に手をあげてくれたDJが、ヒップホップ&ファンク・バンドと一緒に演奏をしてくれることになり、さらにつてをたどって、被災地気仙沼出身でご両親がいまだに避難所暮らしであるピアニストの方もゲスト出演してくれることになりました。

会場の無料提供OKがなかなか取れず、準備期間はわずか4日。皆社会人で仕事をしているので時間の調整が大変でしたが、それでも、誰もいない会社に21時、22時まで残ってフライヤーのプリントアウトをしてくれたメンバーや、上司の目を盗みながらデザイン担当してくれたメンバーなど、みんな寝る間も惜しんで働き、いよいよ当日が来ました。
バンドは日本人、アメリカ人が半々のメンバー構成で、当日開演直前時刻になってのドラマーの家族のエマージェンシーや、サウンドミキサーが大幅に遅れるなどのアクシデントがありましたが、観客の中にいたマジシャンが、即興で、待ちくたびれるお客さんたちのためにステージで手品を披露してくれたりして、やっと無事演奏開始。お客さんは、黒人、白人、日本人の混合バンドが繰り広げるヒップなダンスミュージックに酔いしれ、また気仙沼出身のピアニストが最後に弾いた「Sweet Home」という彼女の曲を思って創作された曲は大喝采を受けました。

おかげで、わずか一時間だけの演奏時間だったのに、なんと1000ドルを超える募金が集まりました。お金は主要メンバー全員でカウント、寄付先もみんなでリサーチし、被災地にお金が100%NPOに寄付しました。

物価の高いNYで生活していくだけで大変なミュージシャンやアーティストだっているのに、誰もがみんな寄付してくれる。ひとりでは無理だけど、みんなの力を集めれば、こんなにすばらしいことができるのだな、と胸が熱くなりました。
今後の私たちの目標は、長期的支援をゆるく、長く続けていくこと。一時的に今はどの団体の誰もが盛り上がっているが、本当の復興には何年もかかるので。
NYもあの9-11テロから復活、さらにすばらしい都市になりました。だから、日本の復興もTogether, we can do it and Yes, We can!
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記録者: 山崎美未





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